こんにちは!
今回は、第二次大戦中にアメリカ軍が装備した、空挺ジャケットを分析します。
近年日本のレプリカブームに乗って、アメリカで製作されたものです。
アメリカ製ですが(?)とてもよくできていますよ。
目次
- 1 アメリカ陸軍空挺ジャケットとは?
- 2 アメリカ陸軍空挺ジャケットの全体及び細部写真
- 3 アメリカ陸軍空挺ジャケットジャケットの特徴とは?
- 4 アメリカ陸軍空挺ジャケットの製造とサイズのデータ
- 5 アメリカ陸軍空挺ジャケットまとめ
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1 アメリカ陸軍空挺ジャケットとは?
第二次大戦でアメリカ軍は、いくつかの画期的な戦闘被服を開発しました。
各兵科で使用できるM41、M43フィールドジャケット、戦車兵用の「タンカース」ことウインターコンバットジャケット、そして今回の空挺ジャケットです。
空挺ジャケットは、空挺専用装備で他兵科に支給されることはありませんでした。
どんなジャケットだったのでしょうか?
早速確認していきましょう!
2 アメリカ陸軍空挺ジャケットの全体及び細部写真
前面
高い襟、容量の大きいポケット、大きな面積のポケットフラップ、ベルト等々、なんかエレガントです。
ジャングルファーティーグの原型というのもうなづけますね。
背面
このジャケットが開発された当時は、カーキが戦闘被服の主要なカラーでした。
前面裏側
やはりアメリカ軍被服は、内ポケットがないですね。
背面裏側
各種プリーツのための布が目立ちます。
前合わせは、ジッパーとベルトです。
ジッパーは勿論みんなの「YKK」です。
襟元のみダットファスナーあり。
襟元は2ダットファスナーで開閉 その下にある細いポケットは?
左右両側からジッパーで開けられます。
ここは空挺ナイフを入れる「ナイフポケット」
胸ポケット
2個のダットファスナーで開閉 容量に応じて二段階に調整可能!
腰ポケットも同様です。
エポレット
ダットファスナーで開閉
袖口
2個のダットファスナーで開閉
ボタンを使用しないのは、パラシュートのラインが引っ掛かるから。
ベルトは背面でテープを用いて縫い付けられています。使わないときに不便?
背面中央上部のプリーツ
背面中央下部のプリーツ
左右にもアクションプリーツあり。プリーツだらけです。
脇には4個の通気孔 縁は刺繍です。
タグ
悪意が無いですね。できれば材質も当時の物で再現して欲しかったです。
背面裏側のプリーツ用布
ここまで必要だったのでしょうか?生地が勿体無いような…。
袖口裏側
左右胸ポケットフラップ上部にはスリットが。
中にはペンポケット付き。
ベルトのバックル
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3 アメリカ陸軍空挺ジャケットジャケットの特徴とは?
まず生地ですが、カラーがカーキ系で、同年代に開発されたM41、タンカースなどと共通しています。
官給品のカラーをよく再現していると言っても良いのでは?
この色、場所によってはかなり目立ちますよね。
後に装備全般のカラーがODに変更されたのは当然なのかもしれません。
空挺の装備らしくボタンは皆無で、ジッパー 、ダットファスナーが多用されていますよ。
面白いのは、正面襟下に左右からジッパーで開く、小さくて細長いポケットが設けられているところです。
これは、スイッチブレードの空挺ナイフを入れるポケットです。
(ここにナイフを入れてパラシュート降下したら危ないのでは?)
また、各所にプリーツが設けられて、動きやすくなっています。
しかし、少々過剰な感じもします。
ベルトが標準装備で、しかも縫い付けてあるのは評価が分かれるところですね。
デザインは、後のジャングルファーティーグにも継承されました。
ジャングルファーティーグの記事はこちらです。⬇︎
4 アメリカ陸軍空挺ジャケットの製造とサイズのデータ
・製造又は契約年度 2000年代
・製造場所 アメリカ
・契約会社 アメリカ
・製造会社 〃
・材質 コットン
・表記サイズ 42
・各部のサイズ(平置)
着丈 約81センチ
肩幅 約50センチ
身幅 約56センチ
袖丈 約61センチ
・状態 中古極上品
・官民区分 官給品
・入手場所 ヤフオク
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5 アメリカ陸軍空挺ジャケットまとめ
一説によりますと、映画「史上最大の作戦」では、アメリカ軍空挺部隊役用の空挺ジャケット(大戦中の生き残り)が人数分+αの準備できなかったらしいですね。
仕方なく衣装の空挺ジャケットを制作したのですが、生地の色を間違えてODで制作、撮影してしまいました。
(これがハリウッドスタンダード?)
そのため、映画のアドバイザーである当時の兵士からクレームが付き、苦肉の策で映画をモノクロで上映したとの噂があります。
(カラー版もあるそうですよ。これは如実に色の違いがわかるそうです。)
イギリス軍の空挺部隊役が、殆ど全員が当時のデニソンスモックを着用していたのとは大違いで面白いですね。
第二次大戦中のイギリス軍デニソンスモックの記事はこちらです。⬇︎
この当時のハリウッド戦争映画は、兵士の設定や服装はかなりいい加減で、時々大笑いすることがあります。
昔は、それでOKだったのですね。
確認できている範囲では、映画「プライベートライアン」は日本製(?)のモデル品を多用したので、概ね正確な被服を着用していた気がします。
ところで、当時の官給品で程度の良いものはとても高価です。
余程のマニアさん以外は手を出さない方が無難でしょう。
生地がカーキなので、当時を再現(ヒストリカルゲーム)するならいざ知らず、普段使うには少々合わせづらいカラーですね。
かつて日本製のモデル品で、ODやブラックが発売されていました。
今でも入手可能かどうかはわかりませんが、普段使いにはこちらの色が良いようです。
後輩の奥さんが、ブラックの空挺ジャケットを着てましたが、軍装品とは思えないほどエレガントな雰囲気を醸し出していましたよ。
ブラックは女性にもおすすめですね。
今回は、アメリカ軍が、第二次大戦中に装備した空挺服を分析しました。
次回は、いよいよアメリカ軍の最新迷彩服を分析します。
お楽しみに!
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✳︎ ✳︎ ✳︎
出張で徳島県に行ってきました。
思っていた以上に早く仕事が終わったので、かねてより行ってみたかった阿南市那賀川町中島へ足を運びました。
町名の由来ともなった那賀川(河川)は徳島県で二番目に大きい河なんですね。
JR中島駅(めちゃローカル!)を降りて南へ7分ほど歩くと、那賀川の土手に出ます。
土手を上がると橋が見えます。
いくつか橋があるのですが、下流から2本目の橋は、JR牟岐線用の鉄橋になっています。
(両脇に歩道あり)
この鉄橋は、ある痕跡が残されていることで、ミリタリーマニアには有名なんですよ。
それが以下の写真です。
何の痕跡かわかりますか?
じつは、太平洋戦争末期に、ここで悲劇が起こりました。
アメリカ空母艦載機による列車襲撃です。
これらは、その時のグラマンF-6Fによる機銃掃射の跡(弾痕)なんですね。
今も補修されることなく、ただ静かに惨状を訴えています。
襲撃の詳細は、下の写真をご覧ください。(鉄橋近くの慰霊碑)
犠牲者が三十余名となってるのは、激しい銃撃で犠牲者が原型をとどめないくらい、バラバラにされたからだと言われています。
鉄骨ですら穴を開けるくらいです。人に当たったら大変なことになりますよね。
ましてや機銃です。
(2機なので合計12丁)
バレット一丁でも凄いのに、12丁から同じような所に何発も12.7ミリ弾丸が飛んでくるのです。
想像を絶する光景だったでしょう。
列車は兵士や軍事物資を積んでいたのでしょうか?
橋や列車は確かに軍事目標です。
でも、ここまでする必要が本当にあったのでしょうか?
田舎で、のんびりしとした雰囲気の那賀川町中島。
今では想像もできません。
我々は、決して忘れてはいけないことがあります。
それは、昔日本は戦場だったということです。
犠牲者の冥福を心からお祈りします。
読んでいただき、ありがとうございました。
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